「本末転倒」

ソファを選定される場合、その表面積が大きいこともあり表皮材となる張地選定には相応に慎重になるべきだろうと考えています。

一方では、自由に交換可能となるカバーリング仕様であれば、それほど神経質になる必要もないのだろうとも考えています。

相反する表現のようですが、この頃合いが大事になるもので、それが崩れてくると時には滑稽に感じられることも生じるようです。

これは過去に実際耳にしたことで、デザイン性にも相応にこだわりを持たれていることからも機種選定には相当時間を要し、その後の張地選定においても同じくらい時間を掛けてようやく決まったとのことでした。

無事納品され、その後しばらくして別の家具納品のために再訪問したところ、ソファ全体に大きな布が被せられており、ソファのデザイン性も張地も何も見えない状態になっていたとの内容です。

大事に使用されるばかりにそのようなことになってしまったようですが、あれほど時間を掛けて選定されたデザイン性も張地もまったく見えなくなっていることもあり少しばかり残念に感じたとの内容もありました。

確かに、「あれほどまでに時間を掛けて選定されたものは何だったのだろう」との気持ちにもなりそうですが、そこは残念ながら説明不足だったと言わざるを得ません。

ご家庭におけるソファは基本的に寛ぐための道具となることもあり、あまりにもかしこまり過ぎると充分な寛ぎを得ることが出来ません。

しかしながら、価格的にも一切気にしなくてもいいくらいの製品では充分な機能が備わっていないことが一般的です。

ソファにおいては相応な緊張感の中に充分な機能が備わっていることが大事だろうと考えており、オーセンティシティソファにはそれがすべて備わっているのですが、ソファ選びにおいては何よりも本末転倒にならないようにアドバイスすることだろうとも考えています。

「位置付け」

地元を中心として家具メーカーが直販を行うことは以前よりあったことで、その流れも更に顕著になっていることは間違いないでしょう。

その背景として卸販売だけでは満足な売り上げをつくることが出来なくなったことがありますが、やはり自分たちの製品は自分たちの手で直接販売することが自然であることを実感するケースが増えてきたものと思われます。

一般的な家具小売店の場合、価格帯も含めていろいろなメーカーの製品を扱うことになるため、広く知識を高める必要があります。

同じアイテムでもコンセプトがまったく違うことも珍しいことではないため、都度その立場にて説明することは想像以上に難しいことだとも感じます。

スタッフにより向き不向きもあるでしょうし、売れる製品もあればそうではないものもありますので、結果としてすべての取り扱い製品を満遍なく販売することは現実的に不可能だと思われます。

広く受け入られるためにも多くの製品を取り扱うことに意味があるのかもしれませんし、その中では多少なりとも好き嫌いの感情もあるのかもしれませんが、多くの場合このスタイルを貫くことになります。

一方のメーカーの立場からすれば、実績を作ってもらえるところが良い取引先と言うことになりますので、この関係性において多少なりともギャップがあることも事実です。

常にいろいろなメーカー製品を扱っていることにより、全体としての流れは途切れることなく動いているのかもしれませんが、あるメーカー製品に絞ってみるとどうでしょうか。

このように家具小売店にとってはone of themかもしれませんが、メーカーにとっては唯一無二のものですので、この感情のズレは常に付きまとうものです。

それだけに、双方において自分たちの位置付けを理解し合い、また尊重し合うことが大事になるものと思われます。

「不便さ」

後に読み返した際に、如何に新型コロナウィルスの影響が長く続いたのか再確認することになりそうです。

今回も間接的に関係がある内容で、これを機にリモートでの商談やレクチャー等を希望される声がちらほら聞こえるようになっています。

もちろん一部では遠方であることの物理的な背景もあるのですが、遠く離れていなくてもメールでのやり取りだけではうまく伝わらないことをもどかしく感じられる方も少なくないようです。

とは言っても以前であればこれを当たり前だと捉え相応にやり取りを行っていたものと思われるため、やはりビデオ通話を活用したリモート会議等が浸透したことが背景としてありそうです。

実際使ってみたら思いのほか良かったこともあるのでしょうし、意外とこれでことが足りる場合も少なくないことも経験したのでしょう。

テレビの世界においてもリモート出演が当たり前になっており、当初は多少なりとも違和感はあったものの今ではそれもほとんどなくなっています。

決してこのような状況が一般的で恒久的なものだとも思わないものの、これを機に今までの常識を考え直すことも悪くないものと思われます。

何と言っても通勤時間帯の満員電車があり、その状況が徐々に戻りつつあるだけに窓開けやエアコンを活用することにより常に空気の入れ替えは行っているものの、満員となるとその効果もかなり限定的でもあるようです。

以前であれば当たり前の光景ですが、密を避けるためにもこれもいつかは当たり前でなくなるようにする工夫は引き続き必要なのでしょう。

多くの場合は人間にとって便利に進化するのですが、もしかすると多少の不便さはあえて残しておく必要があるようにも感じますので、いろいろと考え実行する良い機会になることを期待しています。

「活気」

全国的に緊急事態宣言が解除されたタイミングもありますが、その少し前より徐々にではあるものの確実に人出が増えている実感があります。

必ずしもリモートワークだけで対応できるものでもないでしょうし、ビデオ会議では共有できない微妙なニュアンスはきっとあるのだろうとも感じます。

まさしくその場全体の空気感とでも言うのかもしれませんが、文字通りその場の空気を一緒に吸っていないと感じられないものがあるのでしょう。

一方では、必ずしも直接顔を合わせなければ成り立たない案件ばかりではないことが見えてきた部分もあるでしょうし、このような事態は誰も経験したくはなかったものの、これを機に何か変わるタイミングだと気付かされたことも少なくないように感じます。

先日より数名の医師の方々とお話させていただく機会があったのですが、習慣を少し変えるだけでもインフルエンザ等の感染症はかなり防ぐことが可能だろうとの内容で共通しています。

常にマスクやシールド姿で過ごすことは現実的ではないものの、手洗いやアルコール殺菌を心掛け、人との距離感を保つために必要なことを各々が意識することにより確実に変わるように感じます。

何よりも、今までは多くの方々がそのようなことを強く意識することはなかったのですから、その程度こそ違うものの効果がないわけがありません。

結果として少しばかりは医療費も抑えることが出来るでしょうし、何よりも健康で過ごせる時間が長くなればいろいろな面で経済活動にも良い影響を及ぼすはずです。

これを機に、ひとりひとりが少しでも変わろうとの意識を持つことにより、更に安全な世の中にもなるのでしょうし、今までとは違う静かなる活気とでも言うような盛り上がりを見せてくれることに期待しています。

「安定感」

今では当たり前のように国産家具に携わっていますが、25年以上前にはインドネシアでのラタン(籐)家具の開発に携わっていたことがあります。

デザインはもちろんのこととして、現地工場での打ち合わせから始まり、試作品検品から輸入国内販売に至るまで一通りの工程に携わった経験があるのですが、国民性の違いからくる感性のギャップには最も苦労することになりました。

日本人にとっては明らかなNG製品であっても、現地の人にとっては何がNGなのか理解されないのです。

指摘箇所については理解を示すものの、それが何故いけないことなのかまったく理解できないとのやり取りが日常茶飯事でした。

常識的には考えにくいことですが、同じ製品であっても発注ロットによってアームの高さが数センチ違うことも珍しいことではなく、その指摘に対してはその程度違うことで一体何が問題なのか理解できないとの反応も決して珍しいことではありませんでした。

そのような見解は製造責任者である工場長のものであることからも、これ以上望むのであれば製造依頼先を再検討するしかないだろうとの気持ちにて収めるしかない状況でした。

以上はあくまでも25年以上前のことであり、現状においても同じ状況だとは考えにくいものの、少なくとも日本人の手による製品と比較するとそのレベルに到達するものは少ないものと思われます。

これはラタン家具に限るものではなく、かなり技術力が増し日本製との違いがほとんど分からなくなっているとの家具においても、ディテールを見ればその違いは明らかなものです。

家具においては特にですが、作り手のディテールへのこだわりが感じられたときの信頼感は更に増すことは間違いないもので、それは純粋な日本製となるオーセンティシティ家具の安定感にも繋がっているものと思われます。