「偏り」

なんだかスペシャルな言い回しには、耳を傾けたくなることは珍しいことではないようです。

例えば、有名な研究機関との共同開発から生まれた素材だとか、良く分からないけど難しい英文を並べられたりすると、「なんだかすごい」との感覚に陥ることは否定できません。

結果としてそれだけに意識が集中することになり、往々にして本質を見極めることの妨げになるようにも感じます。

家具においても例外ではなく、例えば一部の素材や加工機械だけが素晴らしくても良い家具が出来上がるとは限りません。

当然のこととしてそれに携わる人間の力や感性は欠かすことが出来ない要素で、製品が完成するまでの工程すべてにおいて手を抜くことなく高いレベルでの意識を注ぎ込むことが必要になります。

例えばソファにおいて、重要な素材であることは間違いないものの、ウレタンの密度だけが高くても良いソファが完成するとも限りません。

このことは、車のエンジンだけが素晴らしくてもシャーシの剛性感やタイヤの性能が劣っていたのでは安全で良い走りとはならないこととも共通します。

クッション性において重要な役割を担うことになる、表層部よりも下部にあるベースクッション材においても、その性能を100%発揮するためにも躯体の剛性感を軽視することは出来ません。

一番の問題点は、それらの構造は内部に隠れてしまうため目視にて確認することが出来ないことにあります。

従って、それら構造面の説明がしっかりされるものであることをひとつの選定基準とすることも必要でしょうし、それらが偏りのない筋の通った内容であるかについて慎重に判断されることをお勧めします。

「配分」

新居に引っ越される際には、多くの家具家電製品を買い替えることになるものと思われます。

現在使用中のものをそのまま持ち込まれることもあるでしょうが、特に新築の場合はそれらがみすぼらしく感じられることにより結局のところは買い替えることになるとの声も良く耳にします。

家電製品の場合はそれとは別に、欲しくなる新機能の搭載等買い替えが必要になる時期には既存製品とはまったく別物と思われるくらいに進化していることも珍しくないようです。

そのような背景があるためなのか、家具よりも家電製品に重きを置かれる方が多いように感じられます。

逆に言えば、家具においては家電製品ほど欲しくなるような要素が少ないのかもしれませんが、本来家電製品よりも桁違いに高耐久なものゆえ、少しばかり違う視点で判断しなければいけないものと思われます。

例えば、とても高額だと認識している有機EL大画面テレビを観るための環境についてですが、もしかしたらその前にはずっと腰掛けていることが難しいソファが設置されているかもしれません。

もしかしたら、そこまで高性能なテレビでなくても、無意識のうちに長く快適に腰掛けられることが出来るソファがあればそれ以上の価値があるかもしれません。

もちろん生活するうえでどのようなことを重要なポイントとして選定するのかは人それぞれですので一概に判断することは出来ないのですが、家電製品と家具は意外とアンバランスになることが多いように感じます。

トータルバランスとでも言うのでしょうか、上手に配分することによりもしかしたら現状以上に満足できる空間をつくり出すことが出来るように感じますので、総合的に検討されることをお勧めします。

「信用」

先日はある家電をいろいろと確かめる目的で大手家電量販店に足を運んだのですが、気が付けばいろいろと比較することもなく即決で購入に至りました。

対応されたのはお店の販売員ではなくメーカーから派遣されている販売応援要員で、当然のことですが製品知識はかなり豊富です。

家電における最近の傾向としては、ある機能に絞り込んでその分価格を抑えたものか、それとも現在における最先端の技術力を結集した最高級グレードの高額品になるように感じています。

いわゆる平均的な機能を有したかつてのイメージに近い価格帯製品は売り場より姿を消してしまったように感じ、どれも予想よりも安価なものか、それともびっくりするくらい高額なものかに二極化しているようです。

そうなると選択肢はどちらかと言うことになるのですが、この辺りの説明がとても明瞭だったことが即決に導いた大きな理由のひとつであることは間違いありません。

実際の使用状況をイメージさせながら、その中で必要となる機能面の説明はやはり分かりやすく、更にその場でその必要性についてテキパキと判断/提案されます。

「確かにそうだよね」と納得することが多く、上手に成約と言うゴールに導いているのですが、ともすればいやらしく感じられるこの導き方も完全に人柄と話し方がカバーしています。

他社製品についての説明もしっかりと真実のみを述べられ、更に自社製品が有する機能とまったく変わらないことも堂々と説明され、自社の2018年モデルは完売していることからも同じ機能性を有した他社製品を勧めてきます。

そのあたりはとても信用できる部分だと直感することになり、結果として即決と言うことになったのですが、短い間でとても心地よい買い物が出来たことは見習うべき点が多かったと思っています。

「統一感」

均一性との観点から言えば、おそらく無垢材は不向きだと思われます。

木目はすべて違うためであり、当然のようにその色味も様々であることからも例えば同じウォルナット材で揃えたとしても違ったように見えることは決して珍しいことではありません。

このようなことがないためにも、少なくとも色味だけでも揃える目的で行われる補色や加色については自然なことなのかもしれません。

特に大きな面積を占めることになる壁面収納家具においては、一定以上の統一感がなければ違う部分が目立ってしまうことになるため間違いなく違和感に繋がります。

結果として多くの場合は人工物である化粧板等を用いることになったのでしょうし、コスト面の観点からもこれ自体を否定することは難しいものです。

しかしながら「本物」との観点から見れば、やはり天然の無垢材や突板にこだわりたいところですし、何といってもグレード感の違いは一目瞭然です。

ところが、同じ樹種であってもメーカーが違うと同じように見えないことも珍しいことではなく、これは使用される木材の質の違いや加色の色味も様々であることにより生じるものです。

従って、無垢材における統一感を求める場合は同じメーカー製品で揃えることでしょうし、経年変化の観点からもできることならばその購入時期も合わせることがベストだと言えます。

このように同じ材料や同じ塗料(染料)を用いることにより統一感が生まれてくるのですが、実はそれ以上に統一感を左右するものがあります。

それは製造元の意識面であり、それが工場内でしっかりと統一されていることが何よりも必要なことなのです。

「家具環境」

もうずいぶんと前になるのですが、私の学生時代においては、安価な家具はほんの一部に限られ、多くは相応な価格帯だったことを思い出します。

高額な輸入ブランド家具のことだけを指しているものではなく、ごく普通の身近な家具においても相応な品質とそれに見合った価格だったと思われます。

しっかりとしたハイクオリティ製品が多かったと言え、それだけに家具に対しての憧れも強く、結果としてこの業界に身を置くことになっています。

もちろん意味もなく高額だったものではなく、それ相応のクオリティが伴っていたことは確かで、それはその佇まいからも充分伝わるものがあります。

ところが、いつしか安価なものが市場にあふれるようになり、少なくともそれ以降に生まれ育った方々にとってはそれらが当たり前の価格帯として認識されることになったものと思われます。

結果として、ごく普通に良いものは高額過ぎるとの認識が芽生えてきたのかもしれませんし、そのこと自体はとても不幸なことのように感じます。

メーカーとして徹底的にコストダウンを図り、良いものを少しでも安く供給する努力は素晴らしいことなのですが、安く販売するためにクオリティを落とすようなことがあれば、それはまったくの本末転倒です。

これは家具に限ったことではないのかもしれませんが、結果として皮肉にも使い捨て文化が育まれてきたのかもしれません。

その代償として地球温暖化にも結び付いているとすれば、これは既に我々すべてがひとりの人間として真剣に考えなければいけない段階になっているものと思われます。

そのような分別のある人間を育て上げるためにも、決して贅沢との意味ではなく、相応の家具環境の中で子供たちを育てることが大事になるのだろうと考えています。