「信用」

先日はある家電をいろいろと確かめる目的で大手家電量販店に足を運んだのですが、気が付けばいろいろと比較することもなく即決で購入に至りました。

対応されたのはお店の販売員ではなくメーカーから派遣されている販売応援要員で、当然のことですが製品知識はかなり豊富です。

家電における最近の傾向としては、ある機能に絞り込んでその分価格を抑えたものか、それとも現在における最先端の技術力を結集した最高級グレードの高額品になるように感じています。

いわゆる平均的な機能を有したかつてのイメージに近い価格帯製品は売り場より姿を消してしまったように感じ、どれも予想よりも安価なものか、それともびっくりするくらい高額なものかに二極化しているようです。

そうなると選択肢はどちらかと言うことになるのですが、この辺りの説明がとても明瞭だったことが即決に導いた大きな理由のひとつであることは間違いありません。

実際の使用状況をイメージさせながら、その中で必要となる機能面の説明はやはり分かりやすく、更にその場でその必要性についてテキパキと判断/提案されます。

「確かにそうだよね」と納得することが多く、上手に成約と言うゴールに導いているのですが、ともすればいやらしく感じられるこの導き方も完全に人柄と話し方がカバーしています。

他社製品についての説明もしっかりと真実のみを述べられ、更に自社製品が有する機能とまったく変わらないことも堂々と説明され、自社の2018年モデルは完売していることからも同じ機能性を有した他社製品を勧めてきます。

そのあたりはとても信用できる部分だと直感することになり、結果として即決と言うことになったのですが、短い間でとても心地よい買い物が出来たことは見習うべき点が多かったと思っています。

「統一感」

均一性との観点から言えば、おそらく無垢材は不向きだと思われます。

木目はすべて違うためであり、当然のようにその色味も様々であることからも例えば同じウォルナット材で揃えたとしても違ったように見えることは決して珍しいことではありません。

このようなことがないためにも、少なくとも色味だけでも揃える目的で行われる補色や加色については自然なことなのかもしれません。

特に大きな面積を占めることになる壁面収納家具においては、一定以上の統一感がなければ違う部分が目立ってしまうことになるため間違いなく違和感に繋がります。

結果として多くの場合は人工物である化粧板等を用いることになったのでしょうし、コスト面の観点からもこれ自体を否定することは難しいものです。

しかしながら「本物」との観点から見れば、やはり天然の無垢材や突板にこだわりたいところですし、何といってもグレード感の違いは一目瞭然です。

ところが、同じ樹種であってもメーカーが違うと同じように見えないことも珍しいことではなく、これは使用される木材の質の違いや加色の色味も様々であることにより生じるものです。

従って、無垢材における統一感を求める場合は同じメーカー製品で揃えることでしょうし、経年変化の観点からもできることならばその購入時期も合わせることがベストだと言えます。

このように同じ材料や同じ塗料(染料)を用いることにより統一感が生まれてくるのですが、実はそれ以上に統一感を左右するものがあります。

それは製造元の意識面であり、それが工場内でしっかりと統一されていることが何よりも必要なことなのです。

「家具環境」

もうずいぶんと前になるのですが、私の学生時代においては、安価な家具はほんの一部に限られ、多くは相応な価格帯だったことを思い出します。

高額な輸入ブランド家具のことだけを指しているものではなく、ごく普通の身近な家具においても相応な品質とそれに見合った価格だったと思われます。

しっかりとしたハイクオリティ製品が多かったと言え、それだけに家具に対しての憧れも強く、結果としてこの業界に身を置くことになっています。

もちろん意味もなく高額だったものではなく、それ相応のクオリティが伴っていたことは確かで、それはその佇まいからも充分伝わるものがあります。

ところが、いつしか安価なものが市場にあふれるようになり、少なくともそれ以降に生まれ育った方々にとってはそれらが当たり前の価格帯として認識されることになったものと思われます。

結果として、ごく普通に良いものは高額過ぎるとの認識が芽生えてきたのかもしれませんし、そのこと自体はとても不幸なことのように感じます。

メーカーとして徹底的にコストダウンを図り、良いものを少しでも安く供給する努力は素晴らしいことなのですが、安く販売するためにクオリティを落とすようなことがあれば、それはまったくの本末転倒です。

これは家具に限ったことではないのかもしれませんが、結果として皮肉にも使い捨て文化が育まれてきたのかもしれません。

その代償として地球温暖化にも結び付いているとすれば、これは既に我々すべてがひとりの人間として真剣に考えなければいけない段階になっているものと思われます。

そのような分別のある人間を育て上げるためにも、決して贅沢との意味ではなく、相応の家具環境の中で子供たちを育てることが大事になるのだろうと考えています。

「耐久性」

「良いものを長く」がエコの基本であることは言うまでもありません。

その対極にあるものが消耗品と言えるような粗悪な家具になるのですが、多くの場合それを消耗品だと思わずに購入されることになっているようです。

実際使ってみると相応な期間でかなり劣化して来ますし、ある程度は想定しているものの、一般的にはそれをも上回る劣化スピードなのかもしれません。

いわゆる「値段なり」と言うことでしょうし、どこかでそう思っていることからもそれに対しては大きなクレームに発展することも少ないのかもしれません。

反対に決して安くもないものを購入された場合は、消耗品だとは決して思いたくないでしょうし、ある程度の期待感を持って使用されることになると思われます。

それだけに期待外れとなればクレームに発展することも自然かもしれませんし、そうならないためにも予防線を張ることもあるようです。

特にソファにおいては比較的良く耳にすることであり、10年保証と謳うところに逆にそれが表れているように感じます。

とは言ってもクッション内部ウレタンやカバー等、明らかな消耗品だと言える部分は保証対象外になりますし、構造体の部分のみに適用されるとすれば反対に「10年しか持たないの?」と言うことになります。

デザイン性を如実に表現するフレームに無垢材を用いたオーセンティシティソファにおいては、実際の加工や組み立てはもちろんのこととして、それに使用する材料調達から加工前の大事な工程もすべて自社で行っていますし、特別保証期間を設けることはありません。

クッション内部ウレタンやそのカバーにおいては、将来的に容易に交換することも可能な仕様になっていますので、長いスパンでメンテナンスしながら代をまたいで末永く使用可能な究極の高耐久性エコ製品だと言えるのです。

「素材」

家具に使用される樹種としては、ずいぶんと長く常に高い人気を維持し続けているウォルナット材があります。

「次なる樹種は何だろう」と思いながらも一向にこの人気は衰えることはないもので、既に完全に定着したものと思われます。

反対に言えば、多くのメーカーではウォルナット材を設定することは当たり前のことになっているのですが、その使われ方は様々なこともあり一般の方々にとっては少しばかり分かりにくいものになっているようにも感じます。

比較的多いものとしては、いわゆるウォルナット色と天然のウォルナット材の色味の違いに驚かれるケースです。

歩留まりを重要視することにより、辺材部分の白太も使用することになるのですが、元来濃い色味の樹種だけにその違いはかなり目立つこともあり、それを補う意味合いで補色したものと思われます。

材料を可能な限り有効利用する意味合いにおいてこれを否定することは出来ないものの、その場合はそれを行っていることを知らしめる必要があるだろうとの個人的な見解を持っています。

更に混乱させるものとしては、全体としての均一性を図る意味合いにおいて、補色でもなく全体に塗装を施したものもありますので、既にこれはウォルナット材としての天然の部分はなくなっていると言えます。

当然のように天然木が持つ経年変化を楽しむものでもなく、人工素材のような不変性を重要視する方においてはむしろ好ましいものなのでしょう。

このように、天然木に対する考え方や求めるものも様々なこともありどれも否定することは出来ないだけに、正々堂々とその仕上げ方法については公表する必要があるものと考えます。

それにより天然木についての正しい知識も広く浸透することになるため、我々家具業界に携わる者がじっくりと考える時期が訪れているものと思います。