「主導権」

「主導権」

デザイン依頼を受ける際に、先ずそのイメージをヒアリングすることは少なくありません。

いろいろなケースがありますので必ずしもそれがマストでもないのですが、その後の流れについては当初よりある程度決めておくことは必要だろうと考えています。

デザイン画や図面での確認後は実際試作に取り掛かることが一般的で、その過程では製造面における問題点を検討した結果として、場合によっては一部デザインの見直しを行うこともあります。

しかしながら基本的には製造上の問題点を優先させることは少なく、あくまでもデザインを優先させたうえでどのように製造するのか工場にて検討することが結果として良いものが生まれるものとも考えています。

若い頃に少しばかり勉強することになったイタリアでは、デザイナーよりもそれを具現化するモデラーの存在が重要になり、決してその形状をつくり出すことが出来ないとは言わないとも学びました。

その時点で存在する技術や機械では加工できないとすれば、それを可能とする機械から開発するとの考え方には感動したことも思い出されます。

そして、仮にそれが失敗に終わったとしても非難するのではなくそのチャレンジ精神に対して拍手を送る国民性があることも知り、それゆえ斬新なデザインなものが生まれてくることも少しばかり理解できたものです。

このようにデザインを具現化することは完全にプロの領域に入りますので、そこから先は少なくとも素人が口を出すところではないと思われます。

しかしながら意外とそうではないことも珍しくないようで、結果として時間ばかり要して出来上がったもののデザインも含めたクオリティはそれほど高いとは言えないこともあるようです。

やはり大事なことはデザイナーが主導権を持って進めることでしょうし、クライアントの意見に引きずられることなくプロとして結果を出すことだろうとも考えます。

「卓越」

家具においては特に、一見して同じように見えるものが市場に氾濫しているようです。

一般消費者にしてみれば選択肢が増える意味合いにおいて決して悪いことではないのかもしれませんが、その価格帯もかなり幅広く「見れば見るほど益々分からなくなった」との声は少なからず耳にします。

その中から間違いのないものを選定することは、その構造も含めて家具についての専門的な知識を有していなければ難しいのかもしれません。

一般的にはとても難しいことゆえ、結果として仮に失敗しても後悔が大きくないような価格帯に抑える意識が芽生えるように感じています。

それほど高額ではなかったこともあり仮に何かあっても諦めがつくとの意識だと思われますが、このような基準にて購入/使用されることにはやはり違和感を覚えざるを得ません。

そもそも最初から多くを期待していないと言うことですので、そのような意識で購入されたものに果たして愛着を抱くことが出来るのでしょうか。

結果として大事に使用されることは少ないのでしょうし、その結末は短寿命からくる使い捨てと言うような悪いサイクルが見えてきます。

更に言えば、そのような環境下で育つ子供たちにどのような影響を及ぼすことになるのか…、その結果としてそのような使い捨ての意識が受け継がれていくのかもしれません。

しかしながら一般的にはすべてにおいて良いもの(高額品が多い)を揃えることは難しいものですし、何か一品でも良いので本当に愛着の持てる家具がある環境をお勧めしたいものです。

このような観点より家具メーカーサイドとしては、どれも同じように見えるものを開発するのではなく、明らかに違うと感じさせる卓越したモノづくりを意識する必要があるのだろうとも考えています。

「明けましておめでとうございます」

例年同様の書き出しになるのですが、早いもので新年のご挨拶も今回で14回目となります。

これを機に過去13回分を一度に読み返すことも慣例化しており、不思議なことにその当時の気持ちは今でも比較的はっきりと思い出すことが出来ます。

そのようなところ首都圏一都三県には緊急事態宣言が再発令されることが決まっており、このような状況はまだしばらく続くとも思われますが、きっと何らかの教訓を与えるためのものだと考えるようにしています。

気が付けば日常生活も様変わりしており、外出時にはマスクを着用することは既にエチケットのひとつですし、玄関ドアには持ち物リストのひとつとして掲示されているご家庭も見られます。

財布や鍵と同列に扱われるくらい重要なものとして急浮上したわけですが、これが一般化することには少しばかり違和感を抱かざるを得ません。

新型コロナウイルスに限らず感染症対策としては効果的であることは実証されていますので、そのような考えのもと継続することは否定しません。

しかしながら人間の表情をつくり出す大事な口元を覆うことになるマスクは、コミュニケーションの点で少なからず障害になることも感じています。

やはり以前のような状態に少しでも早く戻ることに越したことはありませんし、そのためにも我々ひとりひとりが自覚を持って行動することが更に大事になるものと思われます。

まさかこれほどまでに長引くとは思っていませんでしたが、「だからダメ」ではなく「でも何とかする」との意識にて引き続き取り組みたいものです。

そして無事終息した際には、この経験がその後において何らかの糧となることを願っています。