「今の気持ち」

とても厳しくも無償の愛を注ぎ続けてもらった父が亡くなりました。

年齢が年齢だっただけに覚悟はしていたものの、やはりそれが現実になるととても悲しくそれ以上の感情はありません。

自分が亡くなった際に読みなさいと母に託されていた手紙の内容もとても父らしいもので、最後の最後まで信念を貫き通した姿勢はとても立派で格好良いものです。

そのような父にだけは相談しなければいけなかった大事な進路の方向性において、一度だけそれを曲げて自分一人で結論を出したことがあったのですが、やはり到底認められるものではなかったことが自身の人生における最大のターニングポイントになったようです。

それからは父に認められたいとの一心で頑張ってきたつもりですが、果たして認めてもらうことが出来たのか…と考えるとその答えははっきりしません。

ひとつだけはっきりしていることと言えば、自身の究極の若気の至りを寛大な心でずっと見守ってくれていたことは間違いありません。

専門分野ではなかったこともあるでしょうが、仕事面において具体的なアドバイスをもらったこともなく、ただただ私の決めた方向性を信じてもらっていたように感じます。

頑張りの背景として偉大な父の存在がなくなってしまったことは少なからず不安な気持ちもありますが、なんだかこれまで以上に見守られている感じがして、とても心強くも感じます。

まだまだ未熟者ですが、父の教えを守り精進する意識を固めたところで、デザインワークに限らずいろいろな面で新たな自身を見出すことが出来るように、更に頑張っていきたいとの気持ちです。

「当たり前のこと」

世の中は当たり前のことが大半を占めており、当たり前のことですがだから当たり前と言うことなのでしょう。

それだけに、たまに当たり前ではないことが起こると、意識はグッとこれに向くことになります。

「なぜ?」・「どうして?」のように疑問視することから始まることも多く、そのような内容はどのような形であっても最終的に解決する必要性があることからも意識が集中することになるのだと思われます。

そしてそれらの事象においても、上記を繰り返すことによりやがては当たり前のことに移行していくのかもしれません。

そのように考えると、今は当たり前のことであってもその前はそうではなかったのかもしれませんし、多くの場合は当たり前ではないことが起源だとするとその中にも少なからず問題点をはらんでいる可能性があります。

当たり前のことは既成概念と置き換えることも出来るでしょうし、良く言われることですがこれに縛られ過ぎると思わぬ落とし穴もあるのでしょう。

いろいろなことにおいて既成概念との意識を持っていない子供たちからは、時にはハッとするような質問も飛び出してきます。

「そう言われれば確かにそうだなぁ」と感じることも少なくなく、いつしかそのような気持ちを失ってしまった自身について考え、時には戒めることもあります。

このことはデザインについても言えることであり、常にその意識が必要とは限りませんが定期的に見直す必要性もありそうです。

しかしながらデザイナーは前衛的なアーティストではないことからも、ある部分ではいわゆるオーソドックスな部分も意識しながら取り組まなければいけないのでしょうし、目的は今現在や近い将来に必要なものを生み出すことにあることを再確認しているところです。

「そもそもソファとは」

あえて一度原点に立ち返ってみたいと思います。

ソファのない生活を思い浮かべると、自宅での寛ぎの場所は一体どこになるのでしょうか。

それはダイニングチェアだったり、フローリングのカーペットの上だったり、畳がある場合はその上だったりするのでしょう。

その姿勢を思い浮かべると、ダイニングチェアの場合オプションは少ないものの、床面での寛ぎの姿勢はいろいろとありそうです。

座椅子のようなものを使ったり、時には横になったりと、いずれにしても背もたれがないとずっと座っていることは難しそうに感じます。

一方ソファを設置しているにも関わらずよく耳にする姿勢として、フローリング上に座りながらソファを背もたれ代わりに使用されるスタイルがあります。

おそらくソファ自体の座り心地に満足していないからでしょうし、他に考えられる要因としては、足を伸ばして背を何かに預けたいとの欲求が背景にあるものと思われます。

後者の場合は、ソファ前に設置するオットマンがあれば事足りるのかもしれませんが、どうやらそればかりが原因ではなく前者の比率が高いように感じます。

寛ぎの基本スタイルは、バランスが取れた座面と背もたれの存在が必要不可欠なようで、同じ機能性を有するダイニングチェアであっても元来使用目的が違うことからも長時間寛ぎを得ることには不向きと言えます。

ソファと比較されるものとして、いわゆるリクライナーと言われるような一人掛けの休息椅子でも充分その機能を果たすのですが、ソファとは決定的な違いがあります。

やはり家族との凝縮した触れ合いの場になるものがソファですし、その機能性は人間工学から導き出された数値を当て嵌めるだけでは表現できないものがあるのだろうと思われます。

「ソファのデザインと機能」

ソファにおいては、座高(SH)寸法はあくまでもひとつの参考として捉える必要があります。

椅子とは違い多くの場合は腰掛けるとお尻の位置は沈み込むからであり、実際の座高はそれよりも低くなることが通常です。

同様に、総高(H)寸法においても設置上の問題を除けば、座り心地において特別強く意識することもありません。

背もたれ部においては、あくまでも実際の座面高との相関関係により機能性が決まってきますので、仮にスペック上の総高が比較対象品よりも低かったとしても、座り心地にそのまま影響するものでもありません。

ソファの場合は、機能性はもちろんのこととして、実際お部屋に設置した際の圧迫感についても決して軽視できない部分になります。

天井高に象徴される空間の広さが大きく関係することもあり、ショールームでご覧になった際よりも実際お宅に設置したときの方が一般的に圧迫感を覚えることになりますので注意が必要です。

そのような観点からもウッドフレームタイプは有利に働きますので、張ぐるみタイプにはないポイントを一度整理しておきたいと考えます。

なんといっても「抜け感」にあることは間違いありませんので、実際そのように感じられるデザイン性や仕様であるのかチェックする必要があるでしょう。

単に物理的に抜けているだけではそのように感じられないこともありますので、抜け方についてはデザイン性と密接な関係があります。

つまり抜ける部分を窓と捉えた向こう側の見え方も大事になると言うことであり、フレームラインとそこから望むクッションの柔らかさや張地とのコントラストを更に際立たせる工夫もあります。

その見極め方としては、難しいかもしれませんが上方からも含めて様々な角度から一度ゆっくりと眺められることをお勧めします。

「デザインバランス」

ソファをデザインする際には、一部の例外を除き当初設定される最大サイズにてバランスを取ることになります。

それがいわゆる3Pサイズだとすれば、それよりも小さな2Pサイズとした際には、厳密に言うとデザインバランスは最高のものとはならないと言うことになります。

例えばソファのアーム部については、3Pサイズのものよりも2Pサイズのものの方が若干幅は狭く、高さは低く設定されなければいけないのかもしれません。

しかしながら製造コストのことを考えるとそれは難しいことが現実ですし、結果として全体としての販売価格がアップすることは避けるべきでしょう。

先日はオーセンティシティソファを気に入られた方より、設置スペース上の問題より大きな3Pサイズは難しいためひとつ小さな2.5Pサイズを検討したいのだが、デザイナーとしてこだわっているバランス面において納得したいとの内容がありました。

単純な質問として、例えばドラえもんのスモールライトを用いて若干スケールダウンすることで問題はないのでは…との発想です。

もちろんその通りでそれの究極の形が縮小模型になるのですが、それを使用される人間もまたそれに合わせて縮小されなければいけないことをお伝えすると、苦笑されながら大きくうなずかれました。

ソファはそもそも人間が使用することを想定しており、人間工学の観点から重要な基本サイズを設定することになります。

人間が快適に使用する家具であるだけに機能性を無視したものは単なる線のお遊びと言うことになりますので、このことは終始一貫して大事にする必要があります。

価格においても重要な要素となりますので、すべてにおいてバランス感覚を持ち、どのようなサイズであっても決してデザインバランスが崩れるようなことにならないように充分配慮することがデザイナーの務めでもあります。