「卓越」

家具においては特に、一見して同じように見えるものが市場に氾濫しているようです。

一般消費者にしてみれば選択肢が増える意味合いにおいて決して悪いことではないのかもしれませんが、その価格帯もかなり幅広く「見れば見るほど益々分からなくなった」との声は少なからず耳にします。

その中から間違いのないものを選定することは、その構造も含めて家具についての専門的な知識を有していなければ難しいのかもしれません。

一般的にはとても難しいことゆえ、結果として仮に失敗しても後悔が大きくないような価格帯に抑える意識が芽生えるように感じています。

それほど高額ではなかったこともあり仮に何かあっても諦めがつくとの意識だと思われますが、このような基準にて購入/使用されることにはやはり違和感を覚えざるを得ません。

そもそも最初から多くを期待していないと言うことですので、そのような意識で購入されたものに果たして愛着を抱くことが出来るのでしょうか。

結果として大事に使用されることは少ないのでしょうし、その結末は短寿命からくる使い捨てと言うような悪いサイクルが見えてきます。

更に言えば、そのような環境下で育つ子供たちにどのような影響を及ぼすことになるのか…、その結果としてそのような使い捨ての意識が受け継がれていくのかもしれません。

しかしながら一般的にはすべてにおいて良いもの(高額品が多い)を揃えることは難しいものですし、何か一品でも良いので本当に愛着の持てる家具がある環境をお勧めしたいものです。

このような観点より家具メーカーサイドとしては、どれも同じように見えるものを開発するのではなく、明らかに違うと感じさせる卓越したモノづくりを意識する必要があるのだろうとも考えています。

「明けましておめでとうございます」

例年同様の書き出しになるのですが、早いもので新年のご挨拶も今回で14回目となります。

これを機に過去13回分を一度に読み返すことも慣例化しており、不思議なことにその当時の気持ちは今でも比較的はっきりと思い出すことが出来ます。

そのようなところ首都圏一都三県には緊急事態宣言が再発令されることが決まっており、このような状況はまだしばらく続くとも思われますが、きっと何らかの教訓を与えるためのものだと考えるようにしています。

気が付けば日常生活も様変わりしており、外出時にはマスクを着用することは既にエチケットのひとつですし、玄関ドアには持ち物リストのひとつとして掲示されているご家庭も見られます。

財布や鍵と同列に扱われるくらい重要なものとして急浮上したわけですが、これが一般化することには少しばかり違和感を抱かざるを得ません。

新型コロナウイルスに限らず感染症対策としては効果的であることは実証されていますので、そのような考えのもと継続することは否定しません。

しかしながら人間の表情をつくり出す大事な口元を覆うことになるマスクは、コミュニケーションの点で少なからず障害になることも感じています。

やはり以前のような状態に少しでも早く戻ることに越したことはありませんし、そのためにも我々ひとりひとりが自覚を持って行動することが更に大事になるものと思われます。

まさかこれほどまでに長引くとは思っていませんでしたが、「だからダメ」ではなく「でも何とかする」との意識にて引き続き取り組みたいものです。

そして無事終息した際には、この経験がその後において何らかの糧となることを願っています。

「コロナ禍」

2020年締めくくりのBlogとなりますが、やはり決して無視することは出来ない話題になります。

今年の初めに新型コロナウイルス関連の報道がされて以降、日本ではダイヤモンドプリンセス号の様子が日々伝えられる状況は今でも記憶に新しいものです。

その当時は現在のような状況を想像できた人はほとんど居なかったのではないでしょうか。

自身も例外ではなく、まるで他人事のように報道を見守っていたのですが、ダイヤモンドプリンセス号以外の感染者が発表されて以降は瞬く間に一気に広がった印象です。

4月には緊急事態宣言が発令されると街の様子は一変し、ゴーストタウン化したいつもの環境には異常事態であることを感じながらも、統制が取れた様子は「さすが日本」とも感じたものです。

それにより一気に落ち着きを見せたものの、気が付けば第二波が押し寄せそれも何とか乗り切ったところで現状の第三波となり、その波は収まる様子をまったく見せていません。

そもそも相反することとなるため経済活動との両立はとても難しいことは理解できますし、そのやり方についてはいろいろな意見があることも承知していますが、結局のところひとりひとりの意識面に頼るしかないのだろうとの感覚です。

いろいろなことが自粛されてきたこともあり我慢も限界に達したように感じてしまっているのかもしれませんが、結果だけを見ればやはりまだまだ足りていないのかもしれません。

このような状況下で年末年始を迎えることになるのですが、まだまだ収束を見ない状況が続くと思われますので、少なくとも例年通りとはいかないことを再認識するところから始める必要があるのでしょう。

ワクチン接種が始まるまでにはしばらく時間もありますので、今一度日本人らしく統制を取り、可能な限り早く終息を迎える日が訪れることを願っています。

「500回で想うこと」

今回でちょうど500回目の更新を迎えることになります。

月に3回、年間36回のペースで更新していますので、本ブログを始めてからもう直に丸14年を迎えることになります。

オーセンティシティ家具らしくじっくりと着実に歩みを続けており、代表する樹種の最高級ウォルナット材同様、経年変化による風格みたいなものをまとってきたようにも感じます。

先日は各々のデザイン順(開発順)について質問されることがあり、それにお答えするなかでいろいろな想いがよみがえってきました。

初期品となるソファBタイプのデザインを考える過程やその時の状況についても不思議と鮮明に思い出されることになり、それには古さをまったく感じないことに自分なりの価値を見出すことにも繋がりました。

アーム前とその上面とを一枚の厳選された板で繋ぐ手法は本ソファの原点ですし、前板にはタケノコ杢を上方に向かって揃える技術やそれが当たり前と言わんばかりの意識にはとても感銘を受けたことも思い出されます。

その過程では多くの方々にお世話になり、多少なりとも樹や木について学ばせていただくことにもなりました。

そのことが分かるようになるにつれて、それがデザイン性にも影響を及ぼすことになり、自然と開発環境を理解するようにもなりました。

主材料が立派な木であったことも影響しているのかもしれませんし、大きな自然に抱かれるイメージを常に持ちながらもアーバンな要素を取り入れる意識は今でも変わることはありません。

しばらく田舎を基点として活動していましたし、都会との行き来は程よい刺激を受けることにも繋がりましたので、このスタイルもちょうどマッチしたのかもしれません。

その意識はこれからも変わることないですし、常に感謝の気持ちを忘れずオーセンティシティ家具と共に着実に前に進んで行きたいと考えています。

「設計」

家具デザインを行う上で、その機能性を無視することは出来ません。

特にソファや椅子となると人間が直接触れる機能家具となることもあり、人間工学を無視することは難しいものです。

従って、デザインは単に形を考えることではないことが理解できると思いますが、意外とそうではないものも少なくないようです。

それらの多くは、そのプロポーションやバランスがお世辞にも良いと言えないもので、更に機能性においても満足できるものでないとすれば如何なものかと思ってしまいます。

ソファの場合は、格好良いデザイン性を意識すると必然的にロータイプで大きなものに近付く傾向があります。

このことはイタリアブランド製品を見れば理解できるもので、実際それを広いリビングに設置した際の見栄えはとても良く、インテリア雑誌の表紙を飾るような憧れの空間ともなるようです。

しかしながら機能性はと言えば必ずしも最高のものとは言えないようで、反対にそれを充分満足させようとするとハイバックタイプの決して綺麗とは言えないものに寄っていきます。

デザイン性と機能性には相反する部分もあると言うことですが、このあたりを上手に融合させることが必要になります。

それが設計と言うことになるのでしょうし、この分野はデザインを考える脳とはある意味違う部分を使う必要があり、そのバランス感覚も重要になります。

機能性を優先させるばかりにデザイン性が蔑ろになったり、またその反対だったりは良い結果を生みませんので、常にデザイン/設計という意識を持つことを心掛けています。

これはすべてのことに通ずることのようですが、やはりバランス感覚が最も大事なもので、結果として生まれる機能美も少なからず意識したいものです。