「デザインの関わり方」

「デザインの関わり方」

どのような業界においても、各々の分野には各々のスペシャリストが存在することにより、結果としてとても素晴らしいものが出来上がるのだと思われます。

その業界の成熟度によりその質も違ってくるのだろうと思われますが、少なくとも先ずはそれらスペシャリストのことを尊重する必要があるのでしょう。

それらを統括する立場の人間には特にその意識が必要になるのでしょうし、そのことが思いのほか難しいことであることも充分理解しているつもりです。

人を信じて任せることほど難しいことはないでしょうし、自分自身が少しばかりその分野の知識を有していれば尚更のことでしょう。

デザイナーの立場としては、そのようなことを充分理解したうえでプロ意識を持って取り組む必要があるのだろうと考えており、それが良い意味での抑制になるのだろうとも考えています。

常に言い続けていますが、デザイナーはアーティストではないからであり、個人の感性を押し付けることは避けるべきです。

使命はより多くの方々に普通に接していただけるものを創り出すことであり、そのことにより少しでも生活が豊かに感じられるとすればとても嬉しいことです。

そのことは企業としての生産性にも繋がり、結果として景気全体にも影響を及ぼすことになればそれに越したことはありません。

しかしながら家具業界に目を向けるとそればかりではなく、工業製品だと割り切って大量生産することには少なからず抵抗感があるものと思われます。

手作りだとか工芸だとか、少なからずそのような要素が入り込んでいるものが家具である以上、そのことも大事にし続ける必要があります。

安価な製品一式をとりあえず保有することが豊かさに繋がるものではないことを、今一度考える機会を生み出すような製品創りが必要になるのかもしれません。

「こだわり」

オーセンティシティ家具においては、そのすべてについて相応なこだわりを持って製造されています。

デザインのこだわりと言えば、やはり最高級の材料の活かし方にあり、この意識は自身にとっての程よいプレッシャーになっていることが幸いしているのかもしれません。

感動するくらいの素晴らしい材料を前にすると神々しさにも似た感覚を覚えることになり、それが樹の持つパワーだと感じとることから始まります。

そこから生まれたデザインを具現化することになるのですが、樹のことを知り尽くした職人中の職人の存在無くしては本当の意味でのオーセンティシティにはならないものと思われます。

丸太の割り方次第で材料としての良し悪しが決まってくるようですし、その部分までコントロール下に置くこと自体一般的なメーカーでは難しいのでしょう。

このように製材された材料であっても当然のようにひとつとして同じものはありませんので、どのように使うのかによって同じ製品であっても似て非なるものが出来上がるのかもしれません。

このように、材料の活かし方についてはかなりのこだわりを持って製造されているもので、ソファにおいてはこれに加えて絶対的な機能性を持たせる必要があります。

座り心地においてもオーセンティシティである必要があるのですが、このことは意外と難しいことも事実です。

この分野は樹とは別のソファ専門メーカーのノウハウがなければ完成しませんので、この2社がタッグを組むことがなければ生まれないものだと考えればとても希少な存在と言えます。

すべてにおいてこだわりを持って作られていますので、相応なこだわりを持って選ばれることになっているものと思われます。

「異常気象」

日本では全国的に酷暑が続いており、地球規模で見ても明らかに異常だと言える気象状況があるようです。

我々の子供時代の概念は既に通用しないことが増えており、半世紀も経過していないところでの地球規模の変化だと考えれば、あまりにもスパンが短すぎるようにも感じます。

記憶に新しい西日本豪雨が各地にもたらした甚大な被害状況においても、明らかにその頻度が高まっていることも間違いないのでしょう。

多少なりとも地球温暖化が影響していることは確かなようで、その責任はこの地球を我が物顔で酷使している我々人間にあることは否定できません。

その原因としてどのようなことが考えられるのか、この半世紀の間に何が変わったのかについて思い起こしてみると何となく見えて来そうな気がします。

先ず思いつくこととして、かつては耐久消費財だった一部のものが短期間で使い捨てされることが当たり前になってしまったようです。

その理由としては、そのものの価格が当時と比較すると考えられないくらいに安くなってしまったことにあり、このことは生活するうえでとても有難いことのようですが、大きな落とし穴があったことは間違いありません。

当然のこととして、そのもの自体は価格相応の製品と言うことができ、使う人の意思とは関係なく短寿命で終わってしまうことがほとんどです。

比較的容易に購入できることもあり、そのものに対する愛着と言った感情も希薄だとも言え、結果として大事に使用しないことも短寿命に追い打ちをかけることになっているとも言えるでしょう。

家具は典型的なものであり、先ずは価格相応の製品であることをしっかりと認識したうえで、そのことにより起こるべく事象についても他人事ととらえることなく具体的にイメージすることが大事になっているものと考えます。

「アーバンナチュラル」

今月でオーセンティシティを発表して丸15年が経過することになります。

正直なところ、それほどまでに時間が経過しているようには感じにくいのですが、その時間が意味することは決して小さくないものと思われます。

当時これを開発することになり、そのコンセプトとして「アーバンナチュラル」を打ち出した頃の気持ちになってみようと思います。

先ずは、間違いなく日本一だと言える感動するくらいのウォルナット材や道産ミズナラ材との出会いがあったことを思い出します。

それら立派な材料は、その価値を製品にも充分表現することを条件として使うことを許され、それだけに相応にプレッシャーを感じていたことも確かです。

幅広で厚い立派な材料だけに、本来であればその価値を伝えるためにもあまりデザインを入れない方が良いのかもしれませんし、一般的にはそのように言われていたことも事実です。

それだけに、厚材でしか表現できないデザイン性を強く意識したのですが、厚いことはともすれば武骨に感じさせることにも繋がるため、そうならないように極力鋭角を用いることを心掛けたのです。

更に、製造先を選ぶギリギリの難しいデザイン性であることをあえて意識し、材料面とこの加工技術力が揃うことで唯一無二の存在になったものと考えています。

しかしながら思いっ切り遊び心を入れることや奇をてらう意識はまったくなく、基本は正統派であることがデザインテーマにもなっています。

家具は小さな建築物であるがごとく、外見だけではなくしっかりとした構造面に支えられている安心感も大事にするところです。

洗練された都会的な空間にもマッチするナチュラル無垢家具をコンセプトとして開発した経緯を大事にしながら、次なるステージに突入する必要性についても感じているところです。

「名作」

家具に興味を持つようになったきっかけとして、現代にも残る名作椅子の存在があったことは間違いありません。

それらのデザイン性の高さは言うまでもなく、最も驚かされたことはそれらが生み出された時代の古さにあります。

まったく古さを感じさせないと言いましょうか、それどころか最近開発されたものだと言われたとしても違和感を抱くこともなかったと思われます。

木材の曲げ加工から複雑な加工に至るまで、その技術力においても現在と大きく引けを取る部分を感じさせないところがあります。

その素材においても木材に限られることもなく、スティールパイプ等の鋼材を積極的に用いたことを感じさせます。

デザイン性の観点よりそれらを用いたことも考えられますが、木材だけでは難しかった強度面の問題よりそれらを用いる必要性に迫られたことも背景にあるのでしょう。

例えばカンティレバーと言われる片持ち式の構造は、木材だけで充分な強度を保持することは難しいものです。

何よりもその線の細さを強調したい場合においては既に木材では不可能ですので、スティールパイプ等を用いること以外に選択肢はなかったのでしょうし、必然として綺麗な曲げや鍍金の技術も開発されたものと思われます。

更に木材だけでは不可能だった「しなり」を利用して新たな領域の掛け心地を創り出したようにも感じます。

イタリアで少しばかり学んだ頃には、「デザイナーはつくりのことを知り過ぎることは好ましくない」と言われたことは今でも覚えており、その意味合いはその知識に縛られることによりまったく新たなデザインが生み出されないことにあると教わりました。

このような考え方は日本では否定的かもしれませんが、ある部分において必要なことかもしれませんし、その中から未来の名作が生まれるのかもしれません。