「デザイナーの仕事」

「デザイナーの仕事」

別注対応等において、デザインが崩れることを理由にそれを快く受け入れないデザイナーの方が一般的かもしれません。

デザインの基本はバランスであることからも、そのような気持ちも理解出来ないものではないものの、許容範囲内であればご希望を叶えることを優先させたいとの考え方です。

一方では、仮に許容範囲外との判断に至った場合はその理由も含めて丁寧に説明のうえ理解いただくことを心掛けています。

そのすべては実際それを使用される方のことを第一に考えてのことであり、それがデザイナーの仕事だろうとの基本姿勢が背景にあります。

家具においては特にですが、プロのデザイナー不在・もしくは結果としてそれに近い状況が長く続いてきたものと考えており、それだけにデザインの成熟度は決して高くないと考えています。

作れば売れた良き(?)時代を経験してきたこともあり、デザインに対する意識が充分に育まれなかったのかもしれません。

そのことは今現在においても色濃く残っており、とてもプロのデザイナーが関わったものと思われない製品が普通に流通しています。

特に安価な製品に多く見られるだけにそのコストも抑える必要があるのかもしれませんが、そのようなものが今でも多く残る業界は他に見当たりません。

日本を代表するようなデザイン先進企業が世に送り出す製品には、多少の好き嫌いはあっても格好悪いものは存在しないもので、性能面では大きな差別化を図ることが難しい業界だけにデザイン性にて勝負することになっているものと思われます。

それらを選定する我々の選択基準の中でもデザイン性が大きな比重を占めるようになっており、家具においてもそのような視点が当たり前になるように、しっかりとプロのデザイナーの仕事に取り組みたいとの気持ちです。

「本当に良いもの」

誰もがあって欲しいと望むもので、それは全員に都合が良く、万人に受け入られ、皆さんが喜んでお金を出すものがこれに当たるとの内容を目にしたことがあります。

確かに理想形であり、デザインの世界ではユニバーサルデザインの考え方がそれに当て嵌まるのかもしれません。

出発点はとても素晴らしく、それに対して異議を唱えるつもりは毛頭ないものの、この言葉だけが一人歩きするのは如何なものだろうとの気持ちもあります。

自身の中では、デザインは「シンプルであることがベスト」との考え方に通ずるものを感じ、ひとつの流れに向かう傾向については疑問も残ります。

例えば、家具の中でも最も人間に近い存在だと言える椅子やソファについて考えてみようと思います。

椅子の場合その使用性は比較的限定的であることからも、空間における統一感に重きを置かなければ、それぞれの体格に合わせて選び揃えることも可能です。

ところがソファの場合はその限りではなく、何よりも一人一台と揃えるものではないことからも家族みんなの体格に合わせた選定方法は不可能と言えます。

その使用性もかなり幅広く、少なくとも椅子のように腰掛けることに限定されることがないことからも非常に難しい選択になるとも言えるのでしょう。

それだけに、先ずは使用される方々のライフスタイルを知ることから始める必要があり、それらをイメージしながらサイズ感であったり座り心地の味付けであったりと微妙に調整することになります。

家族であってもリビングでの過ごし方はまちまちであることからも、ましてや万人にとってベストとなるソファは存在しないと言っても過言ではないだけに、設置される空間単位でベストなものとの観点を持ち、それを実際使用されるまでもなく「本当に良いもの」と感じていただけるものを開発する力がメーカーに求められていると考えています。

「明けましておめでとうございます」

例年同様の書き出しになるのですが、早いもので新年のご挨拶も今回で11回目となります。

これを機に過去10回分を一度に読み返すことも慣例化しており、景気の移り変わりやその中における家具業界の状況確認ばかりではなく、自分自身がどのような意識で取り組んできたのかについて再確認することにもなります。

昨年はウッドフレームソファが市民権を得た後の5年間が経過したところで、新たな5年間が始まる節目の年であるとの内容もあり、デザイン性はさることながらソファとしての座り心地を更に追及する必要性についても記しています。

座り心地に重きを置いてこなかったウッドフレームソファだけに、上質な張りぐるみタイプソファと同等の座り心地を表現するだけで充分との意識も何処かにあるのかもしれません。

ソファは「デザイン性と座り心地が一致する必要がある」との持論からも、あえてそれぞれの座り心地を変えています。

もちろんそれが正解とは言えないかもしれませんが、味付けの違いと表現すれば分かりやすいかもしれません。

車で言うところのスポーティーとかラグジュアリーとか、そのような味付けがソファにおいても必要だろうとの考え方です。

座り心地の違いは性格の違いとも言えるため、車においてもデザイン性と性格が一致することによりはじめてしっくりくるものに仕上がるのだろうと思われます。

大きな違いは業界としての成熟度にあり、これは我々メーカーサイドとしての問題が小さくないことは間違いありません。

やはり世界に目を向けることでしょうし、それを水準として開発を行う必要があり、オーセンティシティソファにおいては日本発の世界水準となるべく、座り心地においても違う視点より進化させる必要があるのでしょう。

「個体差」

一枚板テーブルにおいては、その現物を見て判断することになりますが、無垢材の剥ぎテーブルの場合はその限りではありません。

展示現品を購入することには躊躇いもありますし、やはりどうせ買うなら新品が良いとの心理は普通だとも言えるでしょう。

しかしながら、その場合は多少なりとも「展示品と違う」と感じられることが少なくない現実があります。

天然の無垢材ゆえ当然と言えば当然なのですが、同じ材料であってもどのように剥ぎ合わせるのかにより見え方がずいぶんと違って感じられることもあるようです。

同じようなことは天然皮革にも言え、無垢材同様それが自然な仕上げであればあるほど個体差が強調されることになります。

仮にこのような個体差に対する理解力と寛容さを持ち合わせていないとすれば、これらを選択することは避けるべきでしょう。

自然な仕上げだけにこだわると、当然のこととして材料の歩留まりがかなり悪くなってしまいますので、希少な材料を有効活用する観点からも、ある製品に使用出来なかった材料を活かす製品づくりも必要なことです。

オーセンティシティの場合は、それこそ規格外の最高級の材料の中より更に選りすぐった部分ばかりを使用していますので、その歩留まりの悪さも最高峰かもしれません。

それだけにその価値を知ってもらいたい気持ちが強いのですが、オーセンティシティ家具の場合は製造の難易度も最高峰ゆえ、これに使用する材料面においてもとても希少な最高峰でなければ実現できないデザイン性なのです。

熟練した職人の技術力と最大限の精度を求めるための機械を有効活用することにより初めて工業製品の位置付けになったものがオーセンティシティと言えますので、均一性の中に見付ける個体差も同時に楽しんでみたら如何でしょうか。

「奇跡」

一般的な張りぐるみタイプのソファにおいては、ボディの中身が見えないことに不安を抱かれることも少なくないものと思われます。

その点、オーセンティシティソファのようなウッドフレームタイプになると、いわゆる構造体がすべて露出していることに安心感を覚えられる方が少なくないものとも思われます。

もちろんそれがデザインの最大のポイントにもなっており、他ではあまり見られないことからも大きな魅力になっているものと考えています。

しかしながらその複雑なデザイン性からもこれの製造は決して容易なものではなく、それを実現するための外からは見えない部分にこそ最大の意味を持つブランドだと言っても過言ではありません。

シャープなデザイン性からも充分な強度を保持するために決して充分だとは言えない接合部分もありますので、その中身にどれだけの加工が施されているのか考えると自然と興味も湧いてきます。

分厚い無垢材を多用していることからも、それが生きている証の動きに対応する必要もあり、先ずは木について熟知していることが大前提のブランドと言えるでしょう。

使用する木材も良い意味での規格外と言えるもので、双方の信頼関係がない限り実現しないと考えれば、その調達力も一朝一夕に手に入れることは不可能なものです。

長い経験に裏打ちされた調達力や技術力に加えて、ソファの分野では常に新たなことに挑戦し続けるメーカーの化学反応から生まれたソファと言うことであり、これはもしかすると奇跡なのかもしれません。

当初はそのような意識もまったくなく、当たり前のように感じられていたことも決してそうではないと考えると有難味を強く感じる今日この頃で、それだけに強くお勧めしたい特別なブランド製品との想いです。