「日本人デザイン」

「日本人デザイン」

個人的には「和モダン」とか「ニッポンモダン」との表現はあまり好きではありません。

元来モダンは西洋文化由来のものであり、日本ではそれをそのまま持ち込むよりも何処かに日本的な要素を取り入れた方が日本人にはよりマッチするだろうとの考え方がベースにあるのかもしれません。

その考え方自体否定するものではないこともあり、これは単に好き嫌いの問題かもしれませんが、個人的には何だか中途半端な気がしてなりません。

先日はある方より「欧州デザインと同じようなものを日本人が描いたとしてもどうしても何かが違うんだよね」とのお言葉がありました。

欧州デザインのように洗練されていないとでも言いたかったのかもしれませんが、比較されているだろう欧州製品と違うことはある意味当然のことだと考えています。

すべてが欧州テイストのデザイン性である必要性はありませんし、そのデザイン性がすべてでもありません。

モダンデザインのジャンルでは日本人は太刀打ちできないとの意識が背景にあるのかもしれませんが、「もっと誇りを持ちましょうよ」との気持ちです。

おそらくはデザインソースが欧州諸国のそれとなることが少なくない現実があるようにも感じており、それをソースとすることで既にオリジナルを超えることは難しいと考えています。

人間が家で使う道具であることからも、家具の世界で究極のオリジナリティーを追求することは容易なことではなく、結果として「どこかで見たような…」とのデザインが多く生み出されているものと思われます。

そのように感じさせないデザインを生み出すことだけでも困難だと言えますが、オーセンティシティの世界では日本人デザインであることの誇りを持って、今後においてもそれを追求し続けたいと考えています。

「開発」

実績値やコスト面の観点からも、新素材を積極的に用いることは意外と難しいように感じます。

それ以上に、もしかすると素材メーカーとそれを実際の製品に用いるメーカー双方の思い込みがあるのかもしれず、結果としてこれらが上手に噛み合うことは少ないのかもしれません。

当然のこととして双方のタイミングもあるでしょうし、このように考えると何らかのご縁がない限り新たな取り組みから生まれる製品が世に送り出されることもないのかもしれません。

家具デザインを考えるうえで、それがどのように使用されるのかイメージすることはもちろんのこととして、その製造面についてもまったく無視することは現実的なことではありません。

特にソファにおいては単なる形状だけではない部分の方が多いとも言えるくらいで、外からは見えてこない中身にてその品質が決まってくると言っても過言ではないのです。

それだけに中身に使用する素材はとても重要になり、一定以上のスペックに限定するとともに実績値を重んじる姿勢はある意味当然のこととも言えます。

しかしながら実績値を重んじるばかりに、もしかするとその分野では使用実績のない新たな素材については積極的に導入する姿勢が結果として薄れることも否定出来ないように感じます。

そのように考えると、まったく新たな取り組みはその必要性に迫られなければ第一歩を踏み出すことが出来ないのかもしれませんが、そのきっかけとは別に常に現状に疑問を持つ姿勢も大事になるのでしょう。

そして、開発には「これでいい」とのゴールがないことを肝に銘じて取り組む意識とともに、良い意味でのチャレンジ精神も必要になるものと思われます。

すべてにおいて新たな試みを選択することが得策とも考えませんが、慎重さを重視しつつも良い意味でのワクワク感を楽しむ意識も必要になるのかもしれません。

「思い込み」

同じソファの場合、2人掛けの大きさが3人掛けの大きさの三分の二の価格になることはありません。

同様に、1人掛けのソファが3人掛けソファの三分の一の価格になることもあり得ません。

分かりやすく言えば、仮に小さくなったとしても肘掛けの大きさが極端に小さくなることもなければこれが左右から消えて無くなることもないためで、その製造に掛かる工数はほぼ同じであることから、材料費も含めて大幅にコストが下がることはないためです。

そのように考えると、サイズが小さくなるほど割高感が強くなってしまうため一般的に1Pサイズソファの需要は決して大きくないだろうとの判断に至ります。

実際1Pソファが2Pや3Pソファよりも多く売れているとの声は聞いたこともなく、決して価格が安くないことや左右の肘掛けを一人で占領出来ることからも個人的には究極の贅沢ソファなんて表現することも珍しくありません。

従って展示品として1Pサイズを提案することも少なく、おそらく同様の理由より結果としてショップにてこれらの姿を見かけることはとても少ないものと思われます。

しかしながらソファの大きな機能のひとつであるしっかりと腰掛けた際の感覚を最も的確に表現出来るサイズは1Pであるとも言え、また提案の最初の一歩としては悪くないのかもしれません。

一方、ソファは単にしっかりと腰掛けるだけの機能を有しているものでもないと考えていることからも、大きいがゆえに可能となる寛ぎのスタイルがあることも事実です。

時には肘掛けを枕に横になったり、肘掛け部を背もたれ代わりにして足を伸ばしたりと、思い思いの姿勢で寛ぐための機能も満たすことが重要だとの考え方ですが、先ずはしっかりと腰掛ける機能を最大限感じていただくための1人掛けとの選択肢も充分あるのかもしれません。

「自然な見え方」

オーセンティシティソファフレームにおいては、そのデザイン性を更に活かすための製造技術面も含めると、それこそ語るポイントが沢山あります。

それについては「なるほどねぇ」との反応になるのですが、もしかするとそのようなことを語らずともその良さを感じ取っていただけるのかもしれません。

先日はあえてそのようなことを語らずご覧いただいたのですが、その一番のデザインポイントとも言える「後ろ姿が綺麗」との反応。

そこで初めて「実は…」と切り出し簡単に製造上のポイントを説明したところ、「だから自然に見えるんだ」との言葉が返ってきました。

今までは特別感やそれによる絶対的な価値ばかりを語ってきたと言えますが、もしかすると先ずは違和感なく見えることが大事なポイントかもしれないと気付かされた想いです。

他の工業製品に置き換えてみると、確かに特別感だけが選定のポイントになっていない場合も少なくないように感じます。

綺麗なものに違和感を覚えることはなく、自然であるからこそ綺麗なのでしょうし、自然に見せるために妙な力も入れる必要はないのかもしれません。

また、今後においては純然たる日本製であることも更に大きなポイントになってくるように感じられます。

製品づくりに携わる多くの人たちの感性が実際の製品に自然と表れてくるものが家具とも言えるもので、それに取り組む姿勢もそれ以上に顕著に表れてきます。

ソファにおいては特にですが、日本人にマッチしたサイズ感はもちろんのこととして、そのデザイン性についてもそれを忠実に具現化しようとする意識面は日本人ならではの感覚だとも考えています。

このように考えると、特に感性豊かな日本人のそれを満たすための答えは見えてくるもので、それを当たり前として自然にこなすことが益々大事になりそうです。

「真価」

2003年に開発されたオーセンティシティ家具ですが、早いもので来年には15年目を迎えることになります。

まったくの無名時代だった開発当初のことを思い起こすと、おかげさまで市場では一定の評価をいただけるようになったものと考えています。

これらを丁寧に、そして愛情を持って扱っていただく家具店やインテリアショップの数も相応に増えたこともあり、その知名度も確実に全国に広がっているものと思われます。

一目惚れされる方も見られれば、いろいろと見られた結果として最終的に選定いただけることもあり、その点においては我々が目指している製品価値をご理解いただけるようになったものと考え嬉しく思っています。

見て触れて感じることが出来るデザイン性や機能性ばかりではなく、オーセンティシティ家具においては、見えない部分にそれ以上の大きな価値を含み持っていると言っても過言ではありません。

家具として丈夫であることは必須条件ですが、その複雑なデザイン性からもそれを実現することは決して容易なことではありません。

それだけに見えない部分に費やしてきた時間は相当長いと言えるもので、14年余りの年月とともにそれもかなり熟成されてきたものです。

不思議なもので見えない部分が熟成されてくると、その安定感は表面にまでにじみ出てくるもので、そのデザイン性にも更に磨きがかかってきたようにも感じています。

このようにプロダクト製品においては単に表面的な形を見せるものではなく、見えない部分だったりその機能性だったりと、本質的な部分が何ひとつ欠けることなくすべて備わってこそ初めて良い製品だと言えます。

おそらくですが、開発当初よりもそのようなことが少しずつ表面化してきたことが背景にあるものと思われ、誕生15年目を迎える来年には本当の意味での真価が問われるものと考えています。