「論理的」

「論理的」

ソファの選定基準として比較的良く聞こえてくる声としては、ペットを飼っているため爪が引っ掛かり難いものが良いとの内容があります。

汚れの観点からも織物ではなくビニールレザーが良いとの提案や思い込みもあり、結果として安価な製品を購入されるケースも少なくないようです。

子供が小さいため良いソファは必要ないとの声も少なくなく、これらに共通する意識の背景として、意図せず「汚されてしまう」とか「傷付けられてしまう」とかがあるようです。

裏返せばそれだけ人間に近い存在の家具だと言えるため、選定される際には他の家具以上に充分吟味する必要があるのだろうと考えています。

前記のような選定基準を否定するものではなく、それも多くの中のひとつだと捉え、総合的に判断されることが望ましいと言えます。

家の中で長時間寛ぐための大事な道具ですので、その基本性能は決して軽視することは出来ませんし、その使用頻度からも耐久性について充分見極める必要もあります。

短期間で見る影もなく壊れてしまうような製品は少ないものの、当初の座り心地が短期間で失われてしまう製品は決して少なくないものです。

ソファ本来の機能性を考えると、この重要な機能が失われた時点で寿命を迎えたと言っても過言ではなく、その行く末については容易に想像できるのではないでしょうか。

一般的に多い声を反映したとの製品をテレビCM等で大々的に告知されることが少なくない現実について、「それだけではないだろう」と反論したくもなるのですが、企業力のある大手が提唱されることが必ずしも真相とは言えないことを頭の片隅に置いておくことだろうと考えます。

目先のことだけにとらわれると本質を見失いがちですので、お気に入りのソファがある暮らしぶりを具体的に想像することに加えて、愛着を持って末永く使用するために必要となる耐久性の本質についても、少しばかり論理的に追いかける必要性もあるのかもしれません。

「ソファの選び方」

家具業界には相応に長く携わっているのですが、ソファの優先順位の低さについては大きな改善傾向が見られるように感じられません。

一方、ダイニングセットについては必需品との概念が定着しているようで、それだけにそれに割く予算も比較的高めであることに変わりはないようです。

この優先順位の高さは、住むために絶対必要な照明器具やカーテンとほぼ同等に捉えられているようにも感じられるくらいなのですが、それと比較するとソファにおいてはもしかすると180度近く違うのかもしれません。

必需品ではなく贅沢品だと思われているようでもあり、従って仮に予算が余ればその範囲内で購入しようとの意識面も感じられます。

結果として安価な製品で落ち着くことが多く、場合によってはソファ自体を購入されないケースも珍しくないようです。

これが一般的に多い事例だと考えると、先ずはソファに対する概念を改める必要があると思われ、決して憧れの贅沢品ではなく必需品であることを感じ取ることが第一歩となります。

このことは就寝時間を除く自宅での居場所を考えてみれば分かりやすく、ダイニングチェアやカーペット上だけでは満足な寛ぎを得ることは難しいものです。

比較的安価な製品に多く見られるような長時間寛ぐことが難しいソファにおいても同様で、気が付けばカーペット上に座ってソファを背もたれ代わりにするスタイルも少なくないのではないでしょうか。

一般的なソファは中身が見えないこともありブラックボックス化した分かり難い家具の典型的なものと言えますが、それだけにその中身について知る意識を持つことが良いソファと出会うための具体的な第一歩となります。

見えない中身には手を掛けることもなく、見栄えだけを重視したお化粧上手なソファに惑わされることがないように内面も知る努力は必要になります。

身体を預ける時間が長いソファは最も人間に近い存在と言える家具だけに、末永くお付き合いするためにも人間性を見極めることに近いものがあると言っても過言ではないと考えています。

「見られ方」

同じことを長く継続していると、無意識のうちに飽きてくることもあるのかもしれません。

知らず知らずのうちに新たなモノやコトに興味を抱くようにもなり、自然な流れのようにそれらの取り組みも始めることになるようです。

仕事柄、全国のいろいろなインテリアショップや家具店の変遷を見てきており、長いところでは15年以上になります。

歴史ある家具店においては僅か15年程度かもしれませんが、その僅かの間に大きな変化を遂げてきたところも少なくありません。

中には廃業されたところも見られ、運営されていた当時のことを思い出すと、店内の様子ばかりか、そこに携わっていた多くの方々の姿が浮かんできます。

単に過去を懐かしむものでもないのですが、その過程では新たなことも含めていろいろなことに取り組まれたものの、多くの人たちが望まない結果になってしまうことには少なからず寂しさも覚えるものです。

おそらくですが、自分たちの意識とは別の部分で少なからずギャップがあったように感じられます。

我が道を貫くライフスタイルショップ勃興期の時代とは違い、変えることにより周りからどのように見られるのかについても慎重に検討する必要があり、そのように考えると時には客観的な判断を仰ぐ必要があるように思われます。

もちろんこればかりが大事なこととも言えませんが、同じ状況を継続することが長くなると、そのような視点が失われることも少なくないようです。

しかしながら、仮にそのような視点が失われたとしてもその時点で問題が表面化することも少ないようで、一番の問題点はそのような状況に自分たちが気付かないことかもしれません。

比較的良い状態が継続していると更に見え難くなるものと思われるため、時には自分たちは広くどのように見られているのかについて意識することも必要なのでしょう。

「印象」

仕事柄、新たなところには先ず電話することになります。

当然のこととして自身は何者であるのかについて最初に伝えることになるのですが、予想以上に警戒心剥き出しの対応となることもしばしばです。

おそらくは、会社の経営者や責任者より不要な電話が多いことからも安易に取り次がないように指示されていると思われ、その対応としては正しいのかもしれません。

後になり当初は素っ気ない対応をさせてしまったことの謝罪も稀にあるものの、多くの場合は何事もなかったかのように接することになります。

不要な電話があまりにも多いことが背景としてあることを察することになるものの、やはり最初に抱いた違和感を完全に払拭することは難しいものです。

同時にその会社の社風も何となく見えてくるもので、偏見には意識的に注意することを心掛けているものの、最初に抱いた印象がかなり正確だったことは少なくありません。

このように最初の電話対応だけでもおおよそのことが見えてきますので、実際の初訪問の際に感じられる雰囲気ほど正確なものはないようにも感じます。

こればかりは即席で繕うことも難しく、普段のありのままの姿が自然と露呈することになるのでしょう。

もちろんこればかりを重要視しているものでもないものの、結局のところは最初に抱いた印象と合致してくることが少なくないことからも、このような直感的な判断が意外と正しいのかもしれません。

それだけに自分自身も普段より充分気を付けなければいけないことだと考えており、相手に与える最初の印象については常に意識しておかなければいけないことのように感じます。

要するに人間対人間の関係性が何よりも大事になると言うことだと思われますので、今後においてもそのことを強く意識していく必要性を再確認しているところです。

「対応力」

家具のおいては依然として海外製品に目を向けられる方も少なくなく、やはり有名ブランド製品であることに一定以上の価値を見出されることは否定できないようです。

それがブランドですし、「ブランド製品だから恰好良くて安心」との位置付けに至っていることは率直に評価すべきだとも考えます。

我々もそれらに負けることがないように日々精進し続けることが大事なのでしょうし、やがてはその位置付けの仲間入りができるようにしっかりとしたブランディングも必要になるものと思われます。

その過程では、海外勢との相違点について正確に分析するとともに、それを上手にブランディングに取り込む必要性もあるのでしょう。

当然のように国産であることが最大の違いでもあるのですが、そのこと自体を漠然とアピールしたとしてもそれを大きなメリットと捉えられることも少ないものと思われます。

国産だからこそ可能になる細やかな対応についてアピールすることが必要になるでしょうし、そのことは実際のご使用後においても可能であることが大きな違いになると考えます。

例えばですが、ショールームでご覧になっていた時と実際ご自宅で使用された際にはその使用性において必ずしもイメージ通りだったとはいかないケースも珍しくないようです。

そのイメージにどこまで近付けることが出来るかについては難しい部分もありますが、可能な限りそれに対応することは国産でなければ難しいものと思われます。

同時に、日本人の感性を最も理解している同じ日本人が製品デザインも含めてすべてに携わることが望ましいと思われ、それにより様々なイメージに細かく対応することが可能になるのでしょう。

日本の家具メーカーでしか対応できない感性の部分も含めた細やかな対応力により海外勢との差別化を図っていくことだろうと考えています。