「気概」

「気概」

新たなものを創り出すことには、それに関わるいろいろな人たちのいろいろな気持ちが入り込みます。

最初にその気持ちの擦り合わせも必要なのでしょうし、当初は誰もが「良いものを創るぞ」との意気込みだと思われます。

一般的にはその目標販売価格についても設定されることになり、それに向けて各所との調整や交渉事も生じてくるのでしょう。

その過程では当初の思惑通りにいかない部分も少なからず生じてくるのでしょうが、絶対崩してはいけない部分があると考えています。

日本の工場でつくるのか、それとも場合によってはそれにこだわることがないのか、このことは当然のことなのですが、仮に形式的にその部分を崩すことがなくても、当初のマインドの部分が曖昧になることも少なからずあるのではないでしょうか。

日本国内の工場でつくる根本的な意味合いについてきっちり整理しておかなければいけないのでしょうし、それを実現するためにも当初の産地選定や工場選定が重要になるのでしょう。

少なくとも現状において高額となる家具が飛ぶように売れる時代ではないこともあり、「売れる価格帯」との概念を外すことは出来ないものの、製品開発においては本末転倒にならないように注意したいものです。

尚且つ選定した産地の将来性についても考えるべきであり、単に「産地の特色を活かした新たな取り組み」との形式的な概念だけでは真に良いものは生まれてこないように感じます。

このような内容にはきれいごとだと批判されることもあるのかもしれませんが、この部分を曖昧にしてしまうことは開発サイドの自己満足や安直な市場迎合主義に結び付きそうです。

新たなものを開発することには、単純ですが「良いものを創り出し、それが売れるように努力する」気概を伴わなければいけないのだろうと考えています。

「元気」

早いもので、新年を迎えて既に一か月が経過しようとしています。

「まだ始まったばかりじゃないか」との声も聞こえてきそうですが、一年の12分の1が終わってしまうと考えれば微々たる時間の経過ではないことは間違いないでしょう。

決して焦りの気持ちではないものの、一か月が終わりに近づくと「この一か月で何ができたのだろう?」との自問自答は常にあります。

もちろん常に分かりやすい成果となって表れるものではないのですが、一か月単位にて自身なりに検証することにより多少なりとも良い形で次に結び付けたいとの意識によるものです。

そのためにも可能な範囲内でのスケジュールの組み立ては行うようにしており、必ずしもイメージ通りにいくものでもないのですが、それにより何らかの意識を持って行動することになります。

ある程度イメージを組み立て、可能な限りそれに基づき行動し、その結果を検証にて次に結び付けると言う意識の繰り返しの結果が一年間になります。

その点において常にプレッシャーを感じながら毎日を送ることになるのですが、これも度を超すと逆効果になってしまうようです。

考え込むことにより気分も落ち込みがちになり、知らず知らずのうちにネガティブなことに頭の中が支配されてしまいます。

家具業界自体が決して明るい話題に満ちているものでもないため、全国をまわることにより暗い気持ちにもなりがちです。

楽観主義と揶揄されるかもしれませんが、あえて明るい話題に切り替える能動的なもので、それにより皆さんの気分を高揚させ、少しでも良い方向性に導きたいとの素直な気持ちです。

そのために必要な要素はただひとつ、やはり「元気」ではないでしょうか。

「デザインの香り」

デザインする際に常に心掛けていることとして、「デザインし過ぎないこと」があります。

デザイナーである以上、恰好悪いものをデザインしようとは誰も考えていませんので、往々にして気合を入れ過ぎると言いましょうか、そうなると知らず知らずのうちに緊張感だけが表面に現れてくるようです。

必然的にデザインのポイントも薄れてくるでしょうし、そのデザインを印象付けるためにも良い意味での計算された「抜きどころ」が必要なのだろうとの考え方です。

また、デザインは純粋美術ではないことからも、デザイナー個人のほのかに香る匂いはいいのですが、それが強すぎることはデザインの邪魔をするものと考えていることもひとつの理由です。

ある部分では純粋にデザインの綺麗さを味わいたいこともあるでしょうし、その場合はデザイナーの情報が返って邪魔になることもあるでしょう。

一方、デザイナーの情報が更にそのデザインを深めることに繋がる場合もあるのだろうと考えています。

そういった観点から、デザイナーがデザインにどのように関わっているのかについては出来るだけ具体的にイメージすることにしています。

それがデザイナーとしての責務とでも言うのでしょうか、そのような意識から「丁寧」であることも常に心掛けていることです。

自身の理想は上品なデザインの香りを感じていただくことであり、そのためにも小手先のスキルを磨くことではなく、常に勉強にていろいろなことを学ぶ姿勢が必要との認識です。

やはり人間力を高めることが大事だと言うことであり、それにより幾つになってもデザイナー個人の体臭を感じさせないデザインというものにこだわっていきたいと考えています。

「明けましておめでとうございます」

例年同様の書き出しになるのですが、早いもので新年のご挨拶も今回で10回目となり、当初より10歳年を取ったことを実感することになります。

これを機に過去9回分を一度に読み返すことにより、景気の移り変わりやその中における家具業界の状況確認ばかりではなく、自分自身がどのような意識で取り組んできたのかについて再確認することも慣例になりました。

2011年はウッドフレームソファが真のソファとして市民権を得た元年だと記しており、昨年にてその後丸5年が経過したことになります。

その間にも市場の傾向は明らかに変わってきており、少なくとも一時期のようなブームにも似た状況はひと段落したものと思われます。

このことはある意味良いことでもあり、今後においては更なる本質が求められることになるのでしょう。

仮に5年を一括りとするならば、今年は新たな5年間がスタートすることになり、その位置付けについても今一度考える必要があるのかもしれません。

ウッドフレームタイプはソファの中のひとつのジャンルとして確立されたことは間違いないものの、オーセンティシティソファ以外においてもその後多くが市場に投入されているだけに、それらとの絶対的な差別化についても今一度考えるものです。

かつては長椅子の延長線上にあったものが、ソファとしての真の座り心地を手に入れたものがオーセンティシティソファであり、この座り心地においても更に進化させることが必要になるとも考えています。

デザイン性においても同様で、オーセンティシティブランドとしての系譜を守りながら次なるステージに乗り移る必要がありそうです。

そのデザイン性を大きく特徴付けるウッドフレーム部においては、すべての各種技術力も更に進化させることにより、別次元の位置付けに導きたいとの気持ちです。

「総合判断」

残念なことに、古くからその製造を手掛けてきた純粋な家具メーカーの数は年々減少していくようです。

これは家具業界に限ったことではないのかもしれませんが、長く家具を作り続けて来られたメーカーの廃業や倒産の情報を耳にすることは多少なりとも心が痛みます。

メーカーからスタートし小売店に転換されたケースも見られ、同じ業界でもポジションを180度変えることで会社を存続されているところも少なくないようです。

一方、小売店からスタートし、その経験を活かして最初は間接的にモノづくりを始められるところも少なくなく、やがては国内外に自社工場を持たれて展開されるところも見られます。

これらはいわば新興メーカーと言えるでしょうが、古くからのメーカーに対してはこれらに負けないように頑張ってもらいたいとの率直な気持ちです。

この感情の背景としては、市場のニーズの本質を見極めることが出来なかった結果として廃業や倒産に追い込まれたのだろうとの意識にあります。

すべてがそれに当て嵌まるかは別として、「売れるものを世に送り出すことが出来なかった」もしくは「それを売れるように働きかけることが出来なかった」ことは間違いありません。

この観点から見れば小売店がメーカー機能も持ち、それを自らの手で販売することが最も理に適っているようですが、これもまた容易なことではありません。

確かに売れそうなモノを作り出すことには長けているのかもしれませんが、モノづくりの本質を習得するためには相応に時間を要するからです。

間接的な製品開発もそれに当て嵌まり、結果として表面的な製品が多く開発されているようにも感じられますので、やはり製品の本質の見極めはそれが生まれてきた本当の背景も知ったうえでの総合判断が大事になると考えます。