「季節」

「季節」

今年も気が付けば好きな季節が訪れています。

ついこの間までは冷房が必要だったように思えるのですが、一気に季節が進むことにより今では暖房器具が恋しくなっています。

冷え込んだと思えばたまに暑さがぶり返したりして、空調設備が集中管理されているようなホテルにおいては、冷房設定なのか暖房設定なのか迷う季節でもあるようです。

いずれにしても朝晩は一気に冷え込んできましたし、布団の暖かさと決別する早起きには厳しい季節なのかもしれませんね。

しかしながら「早起きは三文の徳」とは良く言ったもので、ほんの僅かでもいろいろと得した気分にもなるものです。

日の出から徐々に移り変わる景色はどれもとても綺麗なもので、遠くに拝む山々の稜線やその奥行き感は眺めていて飽きることはありません。

空に意識を向けるとすっかりと秋空に変わっていて、凛と澄み切った空気感には自然と背筋も伸びます。

最も身近にある一本のドウダンツツジも徐々に色付き始めており、毎年小さな秋を感じることにもなっています。

全国への移動の中ではゆっくりと車窓を楽しむような余裕もないのですが、肌から伝わる季節感だけでも充分な栄養になっているように感じます。

デザインにはデザイナーとしてのメッセージが込められていることを記しましたが、それは季節感にも似たものかもしれません。

発信する側も受け取る側も適度な感受性が必要になるのでしょうし、そのためにも心の栄養補給は大事にしたいものです。

その点において、先ずはデザイナーとして常に刺激を受け続けることも必要になるのでしょうし、改めて今の環境を大事にしたいとも思うことになります。

「丁寧なデザイン」

デザインの重要性については、我々が考えている以上に一般生活者の方が強く感じているのかもしれません。

専門的な知識に基づきデザインの良し悪しを判断していると言うことではなく、直観的に綺麗なものであったり、機能性に優れているものであったりと、そのようなものを自然と選択しているのだと思われます。

このことはある意味当然のことであり、デザインとは本来そういうものだとも言えるでしょう。

簡単に言えば、多くの方々が無意識のうちに好きになってしまうようなものが良いデザインだとも言えるのでしょうし、そのようなことは少なからず意識にてデザインに取り組むことになります。

しかしながら、決して大衆向けと言うことばかりを意識しているものでもありません。

矛盾しているようですが、例えばユニバーサルデザインと言えるようなどんな人でも公平に使えるものを意図することだけがデザインの役割ではないと言うことです。

ターゲットとする年齢層によりデザイン性も当然違ってきますので、ある範疇の中で多くの方々に好まれることを常に意識しなければいけません。

同時に、そのモノだけに意識を置いてデザインするものでもなく、それを使用したり見たりすることにより、広い意味で「人間の生活がどのように変わるのか」ということを意識することが大事になります。

つまりその中にはデザイナーとしてのメッセージが込められていると言うことであり、それを感じ取ることが出来るものが良いデザインと言えるのかもしれません。

これは分かりやすい言葉で表現されるものでもないため、細部にわたってひとつひとつ手を抜かずに表現することでしか伝わることもなく、それが丁寧なデザインだと思われます。

「共有」

仕事のうえでは必然的に多くの方々との接点が生まれ、また多くの方々と一緒に進めることになります。

個人にどれだけ能力があったとしてもひとりで出来ることは限られていると言うことでしょうし、それにより仕事の質も間違いなくアップすることになるのでしょう。

しかしながらその人数は多い方が良いと言うものでもなく、やはりお互いの意思疎通がスムーズにいくことが大事になります。

多くのことが同時進行することにより日々状況は変わりますし、その情報をリアルタイムに共有することも大事なことなのですが、現実的にそれが難しいケースも少なくありません。

そのような場合に限って行き違いも発生しやすくなるものですが、問題はそのあとの対応にあります。

先ずは正確に現状を把握し、それまでの経緯や問題点について可能な限り多くの情報を共有することで初めて適切な対応が可能になります。

おそらくはそれが充分出来ていない状況で前に進めることが少なくなく、その場合は更に問題が悪化することになるのですが、その状況すら把握できないことも意外と少なくないようです。

状況把握のためにも軽快なフットワークが必要になりますし、相手方に顔を見せるだけでも状況はずいぶんと改善するものです。

鮮度の高い莫大な情報は足で稼ぐしかないと言うことでしょうし、そのことが習慣付くと少しでもそれが疎かになることには不安を覚えることになります。

新鮮な情報ゆえ新鮮なうちに共有する必要があることは言うまでもなく、それが可能になることで組織としての力も確実にアップするものと考えています。

それに加えて、新鮮な情報はデザインワークにも大いに役立つことになり、それも共有することで確実性の高いデザインが生まれてくるのだと思われます。

「動機付け」

人間が行動に移すときには、何らかの動機付けがあることは間違いありません。

例えばあるものを購入しようとする場合においても、そのものが必要になったり欲しくなったりする原因があるのだと思われます。

少なくとも家具の世界においてはモノが売れなくなってきたことは間違いないようで、その状況については何とも元気のない話題になってしまいがちです。

そんな時には「もしかすると皆さんが欲しいと感じるものが少なくなっているのかもしれない」と思うことになります。

もちろんどのようなものでも豊富に揃ってきた背景もあるでしょうが、それも生活必需品に限定されるとなると何だか面白みに欠けてしまうように感じてしまいます。

本来の豊かさはむしろそれ以外のところにあるのでしょうし、それが一切ない世界なんて考えられないものです。

しかしながら決して贅沢を意味しているのではなく、例えば何かひとつでも本当に気に入ったものを手元に置いておくだけで充分な豊かさを感じられるのではないでしょうか。

それを手に入れるまでにはその人なりのいろいろな経緯やストーリーもあったりして、その過程も含めて愛着に変わるのだと思われます。

愛着があるものは大事にしますし、大事に使うことで長持ちもするでしょうから、エコの観点からもそのような買い物を少しでも増やしていくことが必要になるのでしょう。

じわりじわりと欲しくなることもあれば一目惚れの場合もあるでしょうし、モノが欲しくなる過程も様々だと思われますが、モノが売れない時代だけに「欲しくなる」モノづくりが必要になるのでしょう。

喚起させるだけではなくその気持ちを維持させることが更に重要になるため、これも忘れてはいけない動機付けの概念だと考えます。

「シンプル」

この言葉を聞いて悪い印象を持たれる方は少ないのではないでしょうか。

おそらくですが、その反対のごちゃごちゃとした装飾めいたものが多くなることは往々にして良くない印象を持たれることの裏返しのように感じます。

確かにそのような表現で比較を行うと、私自身もシンプルを選ぶことは間違いありませんが、あまりにもこの言葉を安易に使い過ぎているように感じて仕方ありません。

デザインにおいても良く表現される言葉であり、「シンプルなデザインでお願いします」のような依頼を受けることがほとんどです。

その背景としては、製造サイドとすれば「シンプルなデザインは作りやすい」があることは間違いなく、結果として「高額品とはなり難いことで売れる製品になるだろう」があるようです。

売れる条件として価格面も重要な要素になることは否定できませんが、特に家具業界においてはこの意識があまりにも先行しているもので、景気状況が良くないと察すると尚更のことです。

結果として全体的な萎縮傾向が非常に強く、売れるための重要な要素となるデザイン性においても、とにかく「シンプル」との意識になっているように感じます。

またこれも恥ずかしい限りの状況なのですが、売れているデザインを模倣する意識が強く、それを実行することにはそれほどの罪悪感を持たないことも事実です。

そもそも罪悪感との概念だけだとしてもこれを是正することは難しく、決してきれいごとでもなくやはり各々がプライドを持つことが大事なのではないでしょうか。

もっとシンプルに、自信を持って良いものをつくり、その精神面や実際のモノの良さを認められることで売れる製品が生まれるとの意識に立ち返るべきだと考えます。