当方においても少しばかりバブル期を経験しています。
丁度大学を卒業したタイミングとなり、新卒で入社した総合家具メーカーのデザイン部に勤務後は在日米軍基地内施設設計に携わりハワイにあった事務所とも協力しながら働いていた時期とも重なり、何よりもいわゆる普通の状態を経験していないことからも率直なところその実感はありませんでした。
バブル景気が崩壊した1991年2月以降には期せずして自身の周辺でも大きな流れがあったもので、翌年3月には都内より地元である石川県にUターンすることになりました。
同年4月~イタリアへの短期留学も経験することになり、正直なところバブル崩壊との感覚を抱くタイミングもなくいろいろな経験をする時期と重なったものです。
帰国後は自身の感性を尊重してもらいながら新たな家具開発にも携わることになり、盛大だった当時のIFFTにも初出展にて相応な注目を浴びたことも思い出されます。
その後においても毎年ミラノサローネには足を運びましたし、ラタンを用いた新たなジャンルの家具開発過程ではインドネシアのバンドンにあった協力工場にも頻繁に通うことになりました。
たまたま身を置いた職場は特殊な環境だったり、また新たなジャンルにチャレンジすべく開発に邁進する時期と重なったりと、単なるデザイン業務だけではなく実際作り上げる過程にも携わることが出来たことはとても充実していたと言えます。
このように幸いにも好きなことに携わることが出来たこともあり、正直なところ当時は世の中の景気について感じ取る暇もなかったと言えるかもしれません。
それ以上に若さゆえの元気さもあったのかもしれませんが、新たな製品を開発にて世の中に送り出すことにより業界にとって何らかの刺激を与えることが出来れば…との生意気な気持ちにて取り組んでいたように感じられます。
景気が良いと言われる期間の方が断然少ない状況ゆえ、暗い気持ちになるのではなく新たなことにチャレンジする気持ちは常に持ち続けたいと考えています。