「500回で想うこと」

「500回で想うこと」

今回でちょうど500回目の更新を迎えることになります。

月に3回、年間36回のペースで更新していますので、本ブログを始めてからもう直に丸14年を迎えることになります。

オーセンティシティ家具らしくじっくりと着実に歩みを続けており、代表する樹種の最高級ウォルナット材同様、経年変化による風格みたいなものをまとってきたようにも感じます。

先日は各々のデザイン順(開発順)について質問されることがあり、それにお答えするなかでいろいろな想いがよみがえってきました。

初期品となるソファBタイプのデザインを考える過程やその時の状況についても不思議と鮮明に思い出されることになり、それには古さをまったく感じないことに自分なりの価値を見出すことにも繋がりました。

アーム前とその上面とを一枚の厳選された板で繋ぐ手法は本ソファの原点ですし、前板にはタケノコ杢を上方に向かって揃える技術やそれが当たり前と言わんばかりの意識にはとても感銘を受けたことも思い出されます。

その過程では多くの方々にお世話になり、多少なりとも樹や木について学ばせていただくことにもなりました。

そのことが分かるようになるにつれて、それがデザイン性にも影響を及ぼすことになり、自然と開発環境を理解するようにもなりました。

主材料が立派な木であったことも影響しているのかもしれませんし、大きな自然に抱かれるイメージを常に持ちながらもアーバンな要素を取り入れる意識は今でも変わることはありません。

しばらく田舎を基点として活動していましたし、都会との行き来は程よい刺激を受けることにも繋がりましたので、このスタイルもちょうどマッチしたのかもしれません。

その意識はこれからも変わることないですし、常に感謝の気持ちを忘れずオーセンティシティ家具と共に着実に前に進んで行きたいと考えています。

「設計」

家具デザインを行う上で、その機能性を無視することは出来ません。

特にソファや椅子となると人間が直接触れる機能家具となることもあり、人間工学を無視することは難しいものです。

従って、デザインは単に形を考えることではないことが理解できると思いますが、意外とそうではないものも少なくないようです。

それらの多くは、そのプロポーションやバランスがお世辞にも良いと言えないもので、更に機能性においても満足できるものでないとすれば如何なものかと思ってしまいます。

ソファの場合は、格好良いデザイン性を意識すると必然的にロータイプで大きなものに近付く傾向があります。

このことはイタリアブランド製品を見れば理解できるもので、実際それを広いリビングに設置した際の見栄えはとても良く、インテリア雑誌の表紙を飾るような憧れの空間ともなるようです。

しかしながら機能性はと言えば必ずしも最高のものとは言えないようで、反対にそれを充分満足させようとするとハイバックタイプの決して綺麗とは言えないものに寄っていきます。

デザイン性と機能性には相反する部分もあると言うことですが、このあたりを上手に融合させることが必要になります。

それが設計と言うことになるのでしょうし、この分野はデザインを考える脳とはある意味違う部分を使う必要があり、そのバランス感覚も重要になります。

機能性を優先させるばかりにデザイン性が蔑ろになったり、またその反対だったりは良い結果を生みませんので、常にデザイン/設計という意識を持つことを心掛けています。

これはすべてのことに通ずることのようですが、やはりバランス感覚が最も大事なもので、結果として生まれる機能美も少なからず意識したいものです。

「環境の重要性」

育つ環境は人間性に影響を及ぼすことは否定できない事実だと思われます。

私事ですが、私の亡父は私の息子に少なからず影響を及ぼしていることを再確認することが多くなっています。

彼が未就学時代のことですが少しばかり同居していた時期やその後も近所に住んでいた時期に影響を受けたようで、日常生活ばかりではなく仕事に対する考え方についても正直「似てるなぁ」と感じさせることが多々あります。

自身の信念を貫くある意味とても厳しい人でしたので、そのあたりは仕事面に大きな影響を与えたものと思われます。

一方では、自身に厳しく他人には優しくとの姿勢は終始一貫していましたので、小さいながらも常日頃そのように諭されていたことや実際とても優しく接してくれたことを今でも一番に思い出すとのことです。

恥ずかしながらこの部分は家に居る時間が短かった実父よりも祖父の影響を受けているようで、その姿勢を貫き通す様子に私の母は亡父の姿を重ねているようにも感じられます。

息子の言うことは多少なりとも疑念を持ちながら聞くこともあるようですが、孫の言うことはその限りではなく、強かった亡父の意思である以上それに完全に従うとの姿勢が見えてきます。

このように仮に同居していなくとも一緒に過ごした時間が長いことにより少なからず影響を受けることは確かなようで、やはり環境がとても重要になることは間違いないようです。

このことは社会人になってからも同様だと思われ、家族間ではない人間関係において悩むことも少なくないとも思われますが、信念を持って一生懸命取り組み続けることにより必ず良い方向に向かうものと信じています。

それに加えて、やはり他人に対する優しさを忘れることなくすべてにおいて取り組むことが必要なのでしょう。

「製造コスト」

モノづくりにおいて、一円でもコストを抑える意識が必要なことは誰も否定できないと思われます。

工場における効率化はもちろんのこととして、定番の仕入れ部材についても一円でも安く仕入れる方法を探り続ける意識は必要なのでしょう。

それが輸入品であれば、仮に難しいと思われても直接仕入れる方法を探ってみることも悪いことではありません。

多くの場合は代理店契約を結ばれている日本の会社があり、双方にとってメリットがあるゆえの仕組みでしょうし、その抜け道を探るようなことはナンセンスなのかもしれません。

仮にそれが難しいとの結論に至ったとしても、もしかするとその過程では知らなかったことに気付く可能性も否定できません。

長年使い続けてきた部材から変更することは相応に手間も掛かりますし、何よりも慣れにより作業性が高まっている(コストダウンに繋がっている)状況を崩すことは相応に勇気も必要になるのでしょう。

コストダウンを図ることは利益率を高めることに繋がりますので、価格とのバランスを見極めながらギリギリの選択を迫られる場合も想像できます。

一方では、仮にコストアップすることになったとしても製品価値がそれ以上にアップすることにより価格アップが受け入れられることもあると思われます。

また価格を維持することにより実質的な値下げに感じられ、結果として販売量アップに繋がる可能性もありますので、利益率と販売量との兼ね合いはとても難しい判断になると言うことでしょう。

このようにコストについてはとても重要な要素となるのですが、ダウンの意識だけではなく時にはその反対の状況を想定したモノづくりも必要になるのかもしれませんし、その価値を伝えるデザイン性と共に伝える意識が常に必要になると思われます。

「見方」

過去に何度か取り上げてきましたが、ソファにおける張地選定はその表面積が大きいだけに決して軽視出来るものではありません。

また、それには少なからず条件が付加されるだけに、その選定基準においても複雑になる傾向が感じられます。

ここで言うところの条件とは、子供さんが小さいとかペットを飼われているとか、いわゆる憧れのインテリアコーディネイトとは別の観点にて汚れが目立たないものとか爪を立てられにくいものとか一気に現実世界に突入します。

もちろん現実的な観点は無視できないものの、これに意識を向けすぎてしまうと本末転倒になりかねません。

今回はまったく別の内容になりますが、ソファの張地をご覧になる際の見方が明らかに違うと感じられるときがあります。

これは製品自体の見方が違う場合と近いものがあり、結局のところはそれに関連する専門分野に携わっていることが分かります。

資材メーカーであったり生地メーカーであったりと、完全なプライベートタイムであっても自然とそのような見方になってしまうことは職業病と言えるかもしれません。

それが具体的にどのように違うのかと質問されると回答に困るのですが、文字通り見方が違うとの言い方が最も適切なものとなります。

一般の方では見ない角度からご覧になったり、ある一点を集中的にご覧になったり、また生地であればその組成を同時に確かめられ、本革であればサンプルを折り曲げてその部分を凝視したりされます。

それだけに返って分かりやすいとも言えるもので、自然とその分野の専門的な話題になり、結果としてこだわりのスペック面を充分ご理解いただくことに繋がりますので、やはり専門家の視点からも充分耐え得る製品開発が必要なのでしょう。